川島玲子さんの体験談

川島玲子「痴女ザーメンマニア」の軌跡

Part3  短大卒業〜現在


 

短大卒業〜現在

あっという間の短大生活は終わり、友達はほとんどみんな就職が決まり、新しい生活への期待に胸を膨らませていた。しかし私は男遊びが過ぎたせいか、就職も決まらず、少年狩りに明け暮れていた。4月になるとそれぞれの大学にはまた新入生が入ってくる。私は純粋無垢な男のコ達をナンパしてはザーメンを漁りまくっていた。しかし内心、就職への不安は消えなかった。そんなある日、以前お世話になった人材派遣会社の社長から電話があった。ぶらぶらしてるならうちでバイトしないかという誘いだった。その会社は主にイベントコンパニオンとか水商売に人材を派遣してる会社で、短大時代に何回かスナックのバイトを紹介してもらった。私は何となくOKしてしまった。最初の仕事はイベントのコンパニオンだった。初めての仕事だが、以前から芸能界に憧れていた私は、そんなスター性の有る仕事をこころよく受け入れた。

最初の仕事は自動車関係のショーだった。社長が私のルックスを過剰に評価してくれて、最初からいきなり派手な仕事をもらった。初めて袖を通した衣裳は私の得意なボディコン、しかも超ミニ。コンパニオンの服を来た私は凄くHなお姉さんになっていた。こんなHな恰好で沢山の人の前に立つなんて、考えただけで、興奮そてかた。そして真っ先に想像した事は『この、Hなコスチュームで可愛い男のコを挑発しちゃおう』って事だった。そして、ショーが始まったら思ったとおり、Hな男のコの視線!視線!視線!Hな視線は私のお尻に、胸に、顔に、スカートの中に注がれた。そして、物凄いカメラのフラッシュ!私は異様な程の興奮を覚えた。男のコのスケベな視線を浴びながらオメコからは物凄いジュースが溢れていた。そして、私の新たな少年狩りのフィールドが見つかったのだ。私は社長のチンポをしゃぶってあげて、常に最先端のイベントのコンパニオンの仕事を積極的にGETした。もちろん目的はコンパニオン目当ての少年を逆ナンする事。私を見てチンポをおっ立ててる男のコの中から自分の好みの男のコを見つけて、ショーの合間やショーが終わってから、お持ち帰りして美味しいチンポを頂いた。(この辺りのエピソードはザーメン玲子少年狩り「コンパニオン時代編」を読んでね)

真に趣味と実益を兼ねた天職だったが、私はそれだけでは終わらせなかった。あらゆる会場で広告代理店やモデル事務所の人とお近づきになり、自分を売りこんだ。私にとって男を手玉に取るのはそう難しい事ではなかった。ショーが終わってからの打ち上げなんかで、仲良くなり、チンポをしゃぶってあげたらもうあとは私の思い通りになった。私とのSEXと引き換えに数々の仕事をGETした。仕事はコンパニオンに留まらず、ちょっとしたモデルの仕事までもらった。そして、あるモデル事務所の社長から東京で仕事をしないかとのオファーがあり、私は即OKし、東京に進出する事になった。東京ではTVや雑誌の仕事にありつける。そして運良くば芸能界への進出も夢ではない。当時の私はそんな夢に酔っていた。

東京でのスタートは極めて順調だった。仕事は予想以上に沢山あった。華やかはショーのコンパニオンの仕事は勿論、TVや雑誌のチョイ出の仕事も舞い込んだ。VIP達の集まるパーティーのコンパニオンでは場合によって体をはった接待が要されたが収入にはなった。一回お付き合いするだけで10万から20万になった。さらに生活面では社長と週一度のHと引き換えに、社長の持ち物の、プール付きの豪華マンションに住ませてもらい、外車も買ってもらった。しかも約40万円のお給料とは別に月に20万から多いときで100万のお小遣いまでもらっていた。そして、社長は月に何回もモデル達を高級なバーや、クラブに連れて行ってくれた。そこで色んな芸能界の人に紹介もしてもらった。私はすっかり芸能人にでもなったような気分でゴージャスな生活を楽しんでいた。当時はこのまま芸能界にはいってタレントの仲間入り!って本気で考えていた。こんな生活の中、私の中では「バブリーザーメン」といわれる時代が訪れる。ヨットの上で新人モデルの男のコとザーメンプレー、シャネルの服にザーメンぶっかけ、キャビアにザーメンをぶっかけ食ザーメン、海外での外人少年狩り、ハワイの別荘のプールサイドで外人相手にザーメンプレー・・・私は芸能界への階段を登りながらも(?)ザーメンの匂いからは決して離れる事は無かった。そしてそんな「タレント志望にしてザーメンマニア」な自分にドキドキしていた。もちろん、ザーメンマニアで、未成年ともSEXしてるって事が関係者に知れたら、芸能界の表街道は歩けない。分かってはいたがそんなぎりぎりの危ない橋を渡る事に快感を感じていた。

ナンパの対象は大体17歳から22歳位の若くてピチピチした男のコが中心だった。時には中学生まで食べた事もあった。東京時代の男のコ調達も基本は以前と変わらなかったが、この頃にはよく、自分で妄想のナンパシナリオを書き、それに基づき、忠実にナンパを再現するという方法をとっていた。興奮は二倍にも膨れ上がった。しかも成功率が高くなる。この頃に、青少年補導員になりすまして少年狩りをしたり、バスガイドの変装して修学旅行の高校生をナンパしたり、学校教師になりすまして・・・というプレーにはまりだした。この頃にはザーメンに対する執着が異様なまでになっていた。そして、匂いだけで頭がスパークしたり、顔は勿論、服の上からお尻にかけられただけでいってしまう程敏感だった。私は狂ったようにザーメンを貪った。
気に入った男のコのチンポがすぐに欲しい時は1万円掴ませて車やトイレに連れこみザーメンを絞り上げるって荒っぽい事もした。男のコにお金を掴ませるっていうのも何だが、特殊な興奮を得られた事も確かだ。ナンパした男のコとはほとんどの場合は一対一でお付き合いをするが、その中から特殊な匂いを持つ男のコは玲子BOYSに仕立て上る。玲子BOYSの条件は先ず、口が堅いこと、そしてある種の特別な素質がある事だ。(口で説明できない)玲子BOYSの男のコは最初からザーメンマニアもいれば、私に調教されディープなマニアになった男のコもいる。ナンパした男のコからBOYSに昇格(?)できる可能性は5%といったところだろうか。玲子BOYSとは本当にいろんな楽しみ方をいた。面白いプレーを紹介すると・・・通称「花」と言われたプレーは4〜5人の男のコにぐるりと囲まれ、みんな一斉にチンポをしごいてもらい、タイミングを合わせて、一斉に発射してもらうというもの。まるで玲子が花の雌しべで、男のコ達が雄しべで、花粉を雌しべに飛ばすような感じから、「花」と命名された。またザーメンルーレットは同じく、4〜5人に囲んでもらって、一人づつフェラチオ。まあ、一周目は軽くジャブ程度だけど、2週目からは激しい口撃。そして順番にチンポをいじめていって、最初に爆発した男のコのは罰ゲームで、私がお口でグチュグチュしたみんなのザーメンを口移しでもらって、同じようにグチュグチュして最後は飲み干さなければならない。BOYSには男のコの飲ザーメンマニアはいなかったのでみんな必死で射精を耐えるのが可愛かった。あとザーメンフルコースといって、食前酒からサラダ、メインの焼き物にザーメンをかけてもらって食べっていうプレーもした。これはちょっと気持ち悪いが男のコが異様に興奮してそのあと激しく燃えてくれるので私も喜んでよくやった。その他にも全身ザーメンパックとか、チンポシコシコパフォーマンスというのも面白かった。これは一人ずつ、私の前に来て、やらしい言葉をは吐きながらチンポをしごいてもらうというもの。

「あ〜玲子さん見てるとチンポがこんなに大きくなっちゃいた!あ〜玲子さんの見てる前でチンポシコシコするなんて最高です。見ててください!いっぱいザーメンぶっ飛ばしますからね!あ〜玲子さ〜ん気持ちいい〜チンポの先から汁が出てきました。あ〜、うわ〜そこまで飛ばしますね。あ〜気持ちいい。頭が変になる〜僕のチンポやらしいですか?玲子さんの顔にザーメンぶっかけたい!あ〜出る!出る!・・・」

って感じで、ローションつけたチンポをグチョグチョいわせながらしごき、男の子がセクシーに身悶えする。そしてフィニッシュは私の体の好きな所にぶっかけてもらう!

激しくザーメンを貪った時期だったが、反面AIDSや性病へも恐れも遅まきながら感じ始めていた。そしてある時期をきっかけにして、ナンパしていきなりSEXはなるべく避けるようになった。きっかけというのは、その頃に付き合っていたある外人男性が「玲子とSEXがしたい。僕はこの通りの健康体だよ」と言って、性病やAIDSにかかってないという医者の証明書を差し出し、それによって安心してその男のコとSEXが楽しめたという事があり、やはりお互いに安心して心置きなくザーメンプレーを楽しむ為、健康診断書を交換するのが習慣となっていた。しかしこの事でさらに箍が外れたようにSEXに狂ったのだ。私は所かまわずSEXした。駅のトイレ、観覧車の中、野外の至るとこで・・・それはもはや人間のSEXというより動物の交尾といった方が似合っていた。しかし社長のマンションでだけはSEXしてはいけなっかた。そして複数の男のこと激しいザーメンプレーなどもっての他だった。しかし発情した雌となっていた私にはそんなタブーはむしろ興奮に変わっていた。

ナンパした男のコを社長のマンションに連れこんではやばい事は私にも分かっていた。だから男のコを連れこむのはホテルか別に連れこみ用に借りていたマンションにしていた。しかし、やっぱり男のコにいい所を見せたいというのがあって、社長のマンションに男のコを連れこむ事が多くなった。最初はプールで泳ぐだけのつもりだったがお互い裸に近い恰好で泳いでいたら、ついついムラムラってきてそのまま部屋で・・・って事になってしまう。しかし、その程度はまだ良かった。ある土曜日の夜、私は玲子BOYSの男のコ6人と飲みにいって凄く盛り上がり、そのまま社長のマンションに行った。例によって最初は7人でプ−ルで泳いでいた。私のビキニ姿に6人の男のコはすっかり欲情してやば〜い雰囲気に・・・まさかプールでプレーって分けにもいかないのでみんなで私の部屋に流れ込んだ。そして男のコ達からのリクエストで私はセクシーなボディコンのコンパニオンコスチュ−ムに着替えさせられた。男のコ達はすっかり興奮しきっていまい、凄まじいザーメンプレーに突入してしまう。みんな酔って興奮しまくってるのでザーメンを部屋中にぶちまけまくり!私もダメというどころかもっともっととみんなを挑発、気が付けば部屋中ザーメンのむわ〜って匂いで充満、じゅうたんや壁までザーメンが飛び散ってました。私のマンションなら問題ないが、ここは社長に住まわせてもらってるマンション。だんだん「やば〜」って感じに。そしてその瞬間ドアのベルが!咄嗟に社長が来たと分かった。もう喉から心臓が飛び出しそうになった。社長が急に来るって事はいままで無かったので油断していたが、急に来ても何の不思議も無い。ピーンポーン・・・ピーンポーン・・・7人とも凍り付いていた。そしてちょっと間を置いてシリンダーに鍵が差し込まれ錠が開かれた!・・・その瞬間の社長の顔は今でも忘れられない。怒りと驚きで強張った表情・・・それは穏やかな社長が誰にも見せた事の無いような顔だった。

「この淫売の変態女!出てけ!」
私達7人はその場からほとんど裸に近い恰好で部屋から飛び出した。勿論私の全身〜顔も服もザーメンでドロドロだった。7人は慌てて階段で1階に降りる。運良くBOYSのワンボックスカーで来てたのでみんなでそれに乗り込み非難。車の中で男のコ達は私に謝りまくっていた。中には泣いて詫びる男のコもいた。そして一旦私の連れこみ用マンションまで逃げた。

シャワーを浴びながら、事の重大さに気が付いてきた。社長に申し訳無い事をしてしまったと同時にザーメンプレーを見られてしまったという恥ずかしさで頭が真っ白になった。もうこれで芸能界入りの夢も絶たれるのか・・・そう思うと悲しくなってきた。しかしこれも身から出た錆び。とりあえず明日社長に詫びに行こうと思った。
シャワーから出てきた私を6人の男のコ達が裸に近い恰好で優しく慰めてくれた。私は急に泣き出してしまった。しかし次の瞬間みんなのあまりに滑稽な有様に噴出してしまう。ザーメンプレーから一転して逃走。思い出すと笑いがこみ上げてきた。そしてみんなで笑っていた。・・・翌朝、私とBOYSの男のコのうち服を持って逃げた2人の3人で、あとの男のコの服を買いにいった。夏だったのでブリーフとTシャツとジーパンを6人分買った。この際、みんなの分を買おうと思った。ブリーフは私の好みで黒のビキニ、Tシャツはへインズの3枚パックを2セット、ジーパンはみんなのサイズにあわせてリーバイスを購入。ぴったりしたのが好きなので、みんなの申告よりワンサイズ小さいのもを購入した。一緒に買い物にいった男の子は「こんな状態でも玲子さんはこだわりを捨てないんですね。尊敬します。」といった。

「これがあなた達のこれからのユニフォームよ!」
私は明るく微笑んで言った。部屋に帰るとみんなに服を配り同じ恰好をさせる。みんなぴったりとしたジーパン姿がセクシーだった。私のぴったりとしたジーパンとへそだしタンクトップに着替える。

「吉田栄作がいっぱいいるみたいね!」
私は真昼の明るい部屋の中で6人で吉田栄作のジーパンの膨らみをマッサージし、一人ずつチンポをしゃぶってあげた。そして再び6人分の大量のザーメンをピチピチのジーパンの上からお尻に、太ももに、そして、開脚してオメコの部分にたっぷりとぶっかけてもらった。ジーパンの生地にザーメンが染みこみ、ザーメンがかかった所の色が濃くなっていた。なんとも卑猥な絵だった。そして私は強烈なザーメン臭の中でイッてしまった。・・・・薄れる意識の中、私は思う。こんな状況の中でもザーメンプレーなんて、どれほどの好きものなんだろう。

「もしもし、社長ですか。川島です・・・」

私は社長の携帯に電話をかけた。

「玲子か!なんだお前ぬけぬけと!お前、俺のマンションで何て事してくれたんだ!お前が男連れこんでた事は知ってたよ。でもなあ、今回のは異常だぞ!お前なんちゅう変な趣味持ってんだ。変態かお前は!俺の部屋に若い男何人も連れこんで変な事しやがって!」

「・・・すみませんでした。」

「すみませんじゃないよ!お前みたいな淫乱女はAVの方いった方があってんじゃないの?」

その言葉に私は頭に来てしまった。

「ちょっとあんた!黙ってたら調子に乗ってさ〜あんた私を芸能界デビューさせてやるって言って、本当はそんな気無かったんでしょ!適当に餌ぶらさげて言う事聞かせて、本当は私とオメコしたいだけなんでしょ!」

「何!・・・」

「何よ!この租チン野朗!」

この言葉のすぐ後、社長は電話を切ってしまった。私は詫びるどころかひどい事を言ってしまった。電話を叩きつけるとその場に崩れ落ちるように座りこむ。・・・
あ〜もうどうしようもない。しかし冷静に色々考えると、さっき私の言った事はあながちでたらめでもなさそうだ。社長は私の事を本気でタレントにしてやろうって考えてなかったに違いなかった。ただ社長の愛人として飼われていただけだけ・・・初めて客観的な判断が出来た。それまでは本気でタレントを夢見てたが、全ては私をつなぎとめておく餌だった事に気が付いた。それに社長は多分、盗聴機か盗撮カメラで私の事を見張ってに違いなかった。男のコを連れこんでた事も知ってたし、あの夜あまりにタイミングよく現れたのも怪しい。私は社長に愛想が尽きた。しかし約1週間後、私の携帯に社長からの留守電が入っていた。

「この間は私も言いすぎた。本当に悪いと思ってる。君は頭も良く、綺麗で素敵な女性だ。君の口座に少しだがお金を振り込んでおいた。もう会う事は無いと思うが元気でな。」

そして口座には100万円が振り込まれていた。わたしが逆ギレして奥さんにある事無い事を言うのを恐れての事と思ったが、電話の内容には感激して泣いてしまった。そしてあんなひどい事をされても、最後は紳士的な態度で別れる社長を凄く尊敬した。

それから私はいくつかのモデル事務所やコンパニオン派遣会社を転々としたが良い仕事にはめぐり合えなかった。社長のいった通り、AVみたいな仕事にひき込まれそうになり、慌てて逃げ出してきた事もあった。そして飲食店のイメージキャラとして撮影された私の写真が、ある風俗店の看板に使われたりもした。私は段々裏街道へ脚を突っ込んで行く自分を感じていた。いっそこのままAV女優かソープ嬢になった方が幸せかもと思ったりもし。・・・しかしモデルやレースクィーンからタレントになるコもいれば、消えて行くコもいる、そして風俗に行くコもいる。その違いは何なんだろう?私は自分に問いかけた。答えは意外に早く出た。それは自分が本当に望むものは何かという事だった。私はタレントになりたいと言いながら、心は迷っていた。タレントで有名になってしまえば今みたいに好きなときに若い男、時には中学生なんかををナンパしたり、男のコ何人も集めてザーメンぶっかけやったり出来るだろうか?出来るわけない。考えてみても藤原紀香がこんな事出来るか?多分かなりストイックな日々を送らなければならない。そうなたら私は我慢できるだろうか?絶対無理だ。ザーメン無しで体が持つ分けがない。だから心のどこかでタレントで有名になりたくはないって叫んでいた。そして常に求めるのは男、SEX、チンポ、ザーメンだった。コンパニオンやモデル、水商売の仕事だって、男狩りの為の手段にしていた。

私は東京での生活を終え、生まれ育った街に帰ってきた。24歳の時だった。両親は非常に喜んだ。玲子が分けのわからない夢から覚めて返って来たって思っていた。父は早速仕事を探してくれた。父の知り合いの某企業の受付嬢の仕事だった。私にとっては退屈でたまらない仕事で、収入も以前に比べれば半分以下になった。半年程は実家にいたが、今まで自由奔放に暮らしてきた私には実家の生活が堅苦しかった。門限まであるし、当然男のコを連れこむなんて出来るわけ無い。そんなんで半年後には実家から少し離れた所にマンションを借り、一人暮らしを始めた。しかし、東京にいた時ほどハメを外す事は無かった。男のコとのSEXやザーメンプレーは月に2〜3回にまで減っていた。両親のテリトリーの中にいる気がして何となく自分をセイブしていたのかも知れない。少し大人しくなった私は英会話スクールに通い、たまの休みは母に料理を教えてもらったりした。またトレーニングジム通いをし、体も鍛えた。そこには東京での苦い思いを振り切り、新しいチャンスにかけてストイックに自分を追い詰める自分がいた。別に何か目標が有るわけでは無かったが、規則正しい生活をする事で何か新しい物が見えてくる気がした。

そんな中、私はパソコンくらいできなきゃという事でパソコンを購入。そして生まれて初めてインターネットというものを体験した。そこで一番初めに検索したのはやっぱり「ザーメン」だった。私は、モニターのザーメンという文字を見るだけで興奮が走った。そして、出て来る出てくるザーメンサイト!私は魅惑のザーメンワールドにどっぷり浸かってしまう。まさにパンドラの箱を開けたようなものだった。再び熱い思いがみなぎってくる。やっぱり私はザーメン玲子!ザーメンこそ人生の活力!そんなザーメンサイトの内、一際輝くサイトが「Come to my mouth !ha?」だった。そして、サブタイトルの痴女ザーメンマニアは真に私の事だった。私は自分の場所を見つけたような気になって感動に震えた。最初はただサイトと見てはオメコをいじり、オナニーをするだけだったが、ある日、ちょっとした私のプロフィールを書きこんでみた。これが思わぬ程の反応。さらに女性体験告白に、赤裸々なザーメン体験を綴った「ザーメン玲子少年狩り」を発表。これがまたしてもザーメンマニアの男のコのチンポを直撃!私のもとへは毎日の様にマニアな男のコ達からのHなメールが舞い込んだ。元来、男のコから注目され、チンポを刺激するのが大好きな私は多いに興奮した。そしてモニターの前で私の体験記を読みながら、可愛い男のコが勃起したチンポを激しくしごく所を想像すると、いても立ってもいられなかった。私は興奮の新境地に入り込む。再びザーメンマニアの火がついた私はこの街でまたしても激しい男のコ狩りを再開し、玲子BOYSも新たに6人コレクションした。そして熱く火照った体に大量のザーメンをぶっかけてもらう。しかし、以前のようにただただザーメンに溺れるきるという事はなかった。ウィークデイは、週末のザーメンプレを楽しみながら仕事、スポーツジムでのトレーニング、各種習い事に精を出す。そして週末には若い男のコと思いっきりザーメンプレーを楽しみ、英気を養う。そしてそのザーメンパワーと次のザーメンプレーへの期待でまた1週間精力的に頑張るというサイクルを繰り返している。私はまた、おしとやかで優秀な受け付け嬢と週末の痴女ザーメンマニアという二つの顔を使い分ける事に快感を感じている。

私も現在26歳、そろそろ本気で将来の事を考えなくてはならない。再びタレントへの道を歩むか、OLと痴女ザーメンマニアの二重生活を楽しむか、はたまたいい男をひっかけて結婚し逆玉を狙うか・・・まだ答えは出ていない。しかし最後の逆玉狙いはないだろう。仮にお金持ちの適当な男と結婚しても普通の結婚生活を続ける自信は今は無い。それにいくらお金持ちでも色んな意味で価値観とかフィーリング、性癖が合わないとね。それとやっぱり男は金よりその人自身の魅力。ルックスや性格の良さに付け加え、内面から出てくる魅力が無いとね。あと、健康で、チンポがデッカくって元気なザーメンドピュドピュ飛ばせる事!(あ〜絶望的かな?)私の望む全てを持ってる男がいたら、いずれは結婚したいと思う。

ザーメンに溺れた青春時代〜私にとってザーメンって何なんだろう?美と健康とパワーの源、私を快楽の別世界に連れて行ってくれる魔法の液体。そしてなぜここまでザーメンにこだわるようになったのか。私って特異体質?変態?・・・多分両方。でもそんな事はどうでもいい事。私を本当に幸せにしてくれるザーメンに感謝!そしてザーメンを作ってくれた神に感謝!アーメン、ザーメン!


                    おわり